2020年5月12日 新型コロナ感染症/ 緊急事態宣言解除にあたって

  

2020.05.12 北青山D.CLINIC 院長 阿保義久

1.はじめに


緊急事態宣言の有効期限が延長されてから1週間が経過しようとしている。昨今の医療現場の状況から新型コロナ感染症/COVID-19収束の手応えが感じられる。そのような中で人々の行動制限による経済および社会の破綻を回避するために緊急事態宣言の解除の適切な時期を逸してはいけないという声を多く耳にする。一方、安易な宣言解除は感染拡大の再燃を来し医療環境崩壊につながることに警鐘を鳴らす動きも少なくはない。 時機を逸することなく、かつ早まることなく、緊急事態宣言の解除を実施するためには、その判断に用いる指標として最も適切かつ信頼できるものを選別する必要がある。その候補として、感染者数、致死数、再生産数などが挙げられるが、中でもバイアスがかからず、かつ社会的インパクトが最も大きい「超過死亡数」が最適な指標と考える。



2.THE LANCETからの提言

実際、4月22日に世界的に権威のある医学誌「LANCET」の編集者が、各国の国家機関に向けて、週毎の「超過死亡」を集計して公開を急ぐことを求めている。

VOLUME 395, ISSUE 10234, E81, MAY 02, 2020
COVID-19: a need for real-time monitoring of weekly excess deaths
David A Leon et.al
Published: April 22, 2020

これは、COVID-19蔓延の規模や対応策を論じる指標として、この「超過死亡」が最も客観的で比較可能なものと評価したからに他ならない。感染者数は主としてPCR検査に依拠してきたが、同検査を網羅的に行うことは実質的に不可能である。致死数は死因の定義にぶれがあるとCOVID-19による死を正確に拾い上げない(本来、COVID-19を死因とすべきところ別の死因が充てられることがある)。一方、超過死亡は、その時期に予測される死亡数(がん、心筋梗塞、脳卒中など全死亡数)を超過する死亡者が発生した際に捉えられる。この死亡の超過分は、インフルエンザを含めた致死性の感染症が社会全体に蔓延したことにより影響を受ける。通常は発生しない感染症の蔓延による直接的ないしは間接的な死亡 (※)が相当数発生したときに、統計学上有意な超過死亡としてカウントされる。すなわちこの超過死亡は、今回の COVID-19が社会に与えているインパクトを最も適切に評価するものである。 感染者数は検査数や検査精度により影響を受ける。致死数は診断のずれの影響を受ける。死亡者数は基本的にずれがない。死亡数が通常に比べて逸脱して増加しているところ、すなわち超過死亡が見られるところがCOVID-19の蔓延により非日常的なダメージを社会が被っている時期であることを表す。

※ COVID-19によって直接死亡しなくても、COVID-19の患者が医療機関を占拠したために、他の病気の患者さんが適切な医療を受けられずに亡くなった例や、行動制限を含めた社会環境の変化による不安から自殺や衰弱死した例。



3.超過死亡 /国立感染症研究所

 

国立感染研究所のホームページによると、インフルエンザ・肺炎による超過死亡が本年の2月後半~3月にかけて報告されている。今シーズンは後で述べるがインフルエンザは年始に速やかに終息し、3月には殆ど発生してないことを考えると、この超過死亡はCOVID-19に起因したものと評価できる。興味深いことに4月に入って超過死亡は急激に消失している。この情報が正確ならば4月に入って東京都のCOVID-19は急速に収束した可能性がある。

出典:2019-2020年インフルエンザ・肺炎死亡報告 /東京都 国立感染研究所報告より

ところで、国立感染研究所のホームページに超過死亡についての解説がある。

2018/19シーズンにおける超過死亡の評価
超過死亡(健康経済学より)

これらによると、全国の集計では全ての死因を拾い上げているものの、都市部においてはインフルエンザ及び肺炎に関する死亡にとどめている。その意味で上記東京都の超過死亡の評価は、全ての間接死を含めた拾い上げにおいて十分ではないということになる。ただし肺炎死を網羅していることからCOVID-19による死亡インパクトを評価する指標として問題はないと言えよう。


出典:今期のインフルエンザ感染状況 /東京都 定点医療機関あたり患者報告数(東京都感染症予防センター)

今期は昨年末にインフルエンザ感染症の蔓延を認めたが、その後急速に収束し本年2月後半から3月は殆ど発生していない。これは、新型コロナ感染症の蔓延に干渉を受けた現象と評価される。すなわち、前記、本年2月後半から3月にかけての東京都の超過死亡はCOVID-19の活動性を示唆したと評価できる。



4. COVID-19重症患者数の推移 /日本集中医療医学会

日本集中医療医学会が毎日更新している全国の人工呼吸器やECMOの使用動向の推移は、COVID-19による重症感染者数の指標となる。全国の80%前後の人工呼吸器及びECMOの使用台数が集計されているが、両者とも4月中下旬から減少傾向にある。5月10日現在、人工呼吸器稼働50件、ECMO稼働7件となっている。

人工呼吸器使用数の推移



ECMO使用数の推移



以上のグラフは横断的ICU情報探索システム(CRoss Icu Searchable Information System, 略称CRISIS) に蓄積されたデータベースを視覚化したもの。このCRISISには日本集中治療医学会専門医認定施設、日本救急医学会救急科専門医指定施設を中心に日本全国570以上の施設が参加。それら施設の総ICUベッド数は5500にのぼり、日本全体のICUベッド(6500ベッドほど)の80%をカバー。 日本COVID-19対策ECMOnetより



4.考察

前回、2020年4月下旬に、「新型コロナ感染症/COVID-19問題を合理的に解決するための方策」を提言したが、COVID-19を終息させるためには、集団免疫の構築が必須である。そのためには、有効かつ安全なワクチンの開発が待ち望まれるところではあるが、前提としてヒトがこの厄介な新興ウイルスに打ち克つ抗体を作れることが求められる。無論、COVID-19から回復した患者さんの多くが試験管内でウイルス感染を中和し、また重症の肺炎患者さんを回復させられる抗体を持つことが確認されている。すなわちヒトはCOVID-19に打ち克てることは証明されている。 (参考:Effectiveness of convalescent plasma therapy in severe COVID-19 patients.  Treatment of 5 Critically Ill Patients With COVID-19 With Convalescent Plasma.
今回の意見書は、緊急事態宣言による社会機能の制限を解除する際の指標と現状の確認を目的に書いた。国立感染研究所や日本集中医療医学会の情報が正確であるならば、少なくとも東京都においては4月に感染は急速に収束に向かった可能性がある。全国の超過死亡の情報が確認できないので、人工呼吸器やECMOの使用状況から類推すると、全国においても4月後半以降は収束に向かっていると判断できる。そのようなことから、経済再生のためにも政府は緊急事態宣言解除の方向で舵を切るべきだ。国民に不安を抱かせずに緊急事態宣言を解除するには、その判断根拠を明確にすることと、感染拡大の再燃や予想される第2波、第3波に対する対策についての準備及び情報開示が重要であることは言うまでもない。
その意味で、治療薬アビガンの早期承認、検査時の水平感染を予防するための唾液提出によるPCR検査、迅速検査を可能にする抗原検査の導入などは高く評価できる。安全性の確認作業を怠ってはいけないことは言うまでもないが、現在進行中の抗体検査の評価も迅速に進められることを期待する。