幹細胞における陽性マーカーと陰性マーカーの発現確認について

目次



1.はじめに

再生医療、とりわけ幹細胞治療の成否を分けるのは、体内に戻す細胞の「質」に他なりません 。採取した脂肪組織から細胞を分離し、数週間にわたって培養・増殖させるプロセスにおいて、得られた細胞が「本当に目的とする能力を持った間葉系幹細胞(MSC)なのか」を厳密に評価することは、治療の安全性と有効性を担保するために極めて大切です。

間葉系幹細胞は、脂肪や骨髄などさまざまな組織に存在しますが 、それらの組織から分離した幹細胞が、培養過程でその性質が変化していないか、他の細胞が混入していないか、これらを科学的に示すために不可欠なのが、フローサイトメーターを用いた表面マーカー(陽性・陰性マーカー)の確認です。

2.陽性マーカー/陰性マーカーとは

細胞の表面や内部には、その細胞の種類や分化状態に応じて特定のタンパク質が発現しています。 これらは、細胞の性質を評価するための指標として「マーカー」と呼ばれ、 幹細胞の分野では、培養された細胞がどのような細胞であるかを整理する際に用いられます。

ここでいう「CD」とは、細胞表面に存在する目印(抗原)を分類した名称で、 「CD73」「CD90」のように番号で呼ばれます。 実際の測定では、それぞれのCDに結合する抗体を用いて標識し、 発現の有無や割合を確認します。

細胞の評価では、単に特徴が確認できるかどうかを見るのではなく、 想定される性質が確認できるか、また想定されない性質が含まれていないかをあわせて検討します。 その考え方として整理されているのが、陽性マーカーと陰性マーカーです。

陽性マーカー(Positive markers)

陽性マーカーとは、目的とする細胞であれば発現していることが想定されるマーカーです。 これらの発現状況を確認することで、 培養された細胞が、期待される種類の幹細胞としての性質を示しているかを整理する材料となります。

例えば、多能性幹細胞(例:ES細胞、iPS細胞)では「Oct4」や「Nanog」などが指標として用いられます。 間葉系幹細胞の場合には、 CD73、CD90、CD105 などが、 間葉系幹細胞としての性質を示す陽性マーカーとして整理されています。

陰性マーカー(Negative markers)

陰性マーカーとは、目的とする細胞では本来発現していないことが想定されるマーカーです。 陽性マーカーだけを見ると一見それらしく見える場合でも、 他の細胞種が混在している可能性や、状態の変化までは整理しきれません。 そのため、陰性マーカーもあわせて確認します。

間葉系幹細胞では、 CD11b、CD19、CD34、CD45、HLA-DR などが陰性マーカーとして整理されており、 これらは主に血液系・免疫系の細胞で見られる指標です。 これらが発現していないことは、 間葉系幹細胞とは異なる細胞の混在がないかを評価する際の判断材料となります。

なお、マーカーの解釈や組み合わせは、 細胞の由来や培養条件、評価の目的によって整理の仕方が異なります。

3.フローサイトメーターの役割

マーカーの発現状況を確認する方法の一つであるフローサイトメーターは、細胞表面マーカーを解析することで、 細胞集団の性質や混在の有無を評価するための検査機器です。 細胞を1個ずつ流路に流しながら、 蛍光標識した抗体などを用いてマーカーの発現状況を測定し、 陽性・陰性マーカーの発現の有無やその割合を把握します。

  • 細胞集団の性質を整理するための情報が得られる。
  • 評価結果を数値として把握し、客観的に確認する材料となる。
  • 評価の目的に応じて、測定するマーカーの組み合わせを設定。

4.確認の意義

幹細胞における陽性マーカーおよび陰性マーカーの確認は、 細胞の性質や状態を整理し、品質を考える上での基本的な考え方です。 間葉系幹細胞に関しては、国際細胞治療学会(ISCT)において、 同定の指標として、 特定の陽性マーカーが発現していること、 ならびに陰性マーカーが発現していないことを確認する考え方が示されています。

これらのマーカー評価は、 分離・培養された細胞が間葉系幹細胞としてどのような性質を示しているかを、 客観的に整理するための科学的指標の一つと位置づけられています。 ただし、マーカー評価は幹細胞の性質を整理するための指標の一つであり、 単独で全てを決めるものではありません。

① 細胞の同定と特性の整理

培養された細胞が、目的とする細胞として想定される性質を示しているかを確認するための考え方です。 想定される陽性マーカーが確認され、 かつ想定されないマーカーが陰性であることは、 細胞の特性を整理する一つの根拠となります。

② 細胞集団の純度に関する検討

培養過程において、目的細胞以外の細胞が混在する可能性を完全に否定することはできません。 陰性マーカーの確認は、 そうした混在がないかを検討するための材料となり、 培養工程やロット管理を考える上でも用いられます。

③ 分化状態の把握

幹細胞は培養中に状態が変化することがあり、 評価の目的に応じて、 その状態が維持されているか、あるいは変化しているかを検討する必要があります。 マーカーは、その状態を整理するための指標として用いられます。
※評価項目は細胞種により異なります。

このように、マーカー確認は、 目的の細胞が目的の状態で存在しているかを整理するための一つの考え方であり、 細胞を取り扱う際の品質管理を考える上でも用いられています。

5.当院の考え方と実施状況

当院では、培養により得られた細胞が間葉系幹細胞として適切に培養・増殖していることを確認するため、治療提供開始当初の段階において、フローサイトメーターを用いた陽性マーカーおよび陰性マーカーの解析を実施し、当院の培養工程によって得られた細胞が、間葉系幹細胞の指標に符合していることを確認しています。

現在の診療においては、すべての治療で本検査を一律に行っているわけではありませんが、 治療経過や細胞状態について医学的な確認が必要と判断される場合、 あるいは患者さんからのご希望がある場合には、 院内に完備したフローサイトメーターを用いて、 マーカー評価を実施できる体制を整えています。
※実施の要否は個別に検討します。

当院では、日常的な培養工程管理を基盤としながら、必要な場面において科学的指標による確認を行う体制を構築し、幹細胞の品質維持と治療の妥当性確保に努めています。

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