再生医療|当院が「脂肪」から幹細胞を採取している理由news
──Q&A形式で読み解く、間葉系幹細胞の採取源選択の論理過程
ご質問にお答えする形で、当院の選択の根拠をお伝えします。
当院は、再生医療(幹細胞治療)として、患者さんご自身の皮下脂肪から採取した間葉系幹細胞(MSC)を培養し、再び体内に戻す治療を提供しています。
「なぜ脂肪なのですか?」「他の場所からも採れると聞きましたが?」──カウンセリングの場で、こうしたご質問を頂戴することが少なくありません。本記事では、当院でよくお受けする質問にお答えする形で、なぜ当院が脂肪由来MSCを選択しているのか、その判断の根拠を、できる限り丁寧にお伝えしてまいります。
先に結論を申し上げますと──間葉系幹細胞は身体のいくつかの場所から採取できますが、自家移植による日常診療という条件下では、脂肪由来が、安全性・実用性・機能性のすべての観点で最も整合性の高い選択肢となります。以下、その理由を順番に解説してまいります。
目次
A.成人の身体には、間葉系幹細胞が複数の組織に存在しており、臨床応用されている主な採取源は次の4つです。
| 採取源 | 特徴 |
|---|---|
| 骨髄(腸骨) | 研究の歴史が最も長い。含有率が極めて低く採取侵襲が大きい。 |
| 脂肪組織(皮下脂肪) | 幹細胞含有密度が高く、採取侵襲が小さい。自家移植に最適。 |
| 歯髄(歯の中の柔らかい組織) | 神経系分化能が高い。採取機会が極めて限定的。 |
| 臍帯(出産時のへその緒) | 若く活力ある細胞。同種他家(アロジェニック)のため自家移植には不向き。 |
これらはいずれも、間葉系幹細胞(MSC:Mesenchymal Stem / Stromal Cells)と総称される細胞群を含みますが、採取しやすさ、含有率、増殖能、分泌するサイトカインのプロファイルなどに、それぞれ違いがあります。
国際細胞治療学会(ISCT)が定めるMSCの基準(プラスチック皿への接着性、特定の細胞表面マーカーの発現、3系統への分化能)は共通して満たしますが、「同じMSCでも、出身組織によって個性が違う」というのが、近年の研究で繰り返し示されている事実です。当院が脂肪由来を選択しているのは、この「個性の違い」を踏まえた上での、合理的な判断です。
A.確かに骨髄由来MSCには長い研究の歴史と豊富なエビデンスがありますが、実際の臨床運用には大きなハードルがあります。
骨髄の採取のためには、腰骨(腸骨)に針を刺す必要がありますが、強い痛みを伴い、出血や神経損傷のリスクもあります。さらに、骨髄液中に含まれるMSCの割合は全有核細胞の0.001〜0.01%という非常に低い数値で、必要な細胞数を確保するには長期間の培養が不可欠となります。
長期培養はそれ自体、細胞の「老化」を進めるリスクを伴います。Wagnerらの研究(2008)では、培養を重ねるごとに細胞の表面マーカー、分化能、サイトカイン分泌能が連続的に変化していくことが報告されています。出発点の細胞数が少ない骨髄由来のMSCは、構造的に「より長く培養しなければならない」という宿命を抱えているのです。
加えて、骨髄由来MSCはドナーの年齢の影響を強く受けます。高齢の方ほど採取できる細胞数も、増殖能も、分化能も低下することが知られています。再生医療の対象となる方の多くが中高年であることを考えると、これは無視できない制約です。
骨髄由来は学術的には金字塔ですが、「侵襲が大きい」「採取できる細胞数が少ない」「ドナー年齢の影響を受けやすい」という3つの制約が重なり、日常的な臨床応用には適しにくい構造を持っています。
A.どちらも学術的には魅力的な選択肢ですが、自家移植には向きません。
歯髄由来MSCは、神経系への分化能が高く、増殖率も比較的良好で、近年注目を集めている採取源です。ただ、歯髄を採取するには「健全な歯を抜く」ことが必要となります。智歯(親知らず)の抜歯や矯正治療など、医療上の必然性がある場面でしか採取機会がなく、希望される患者さんがちょうどそのタイミングで抜歯予定の歯をお持ちとは限りません。「治療を受けたい今、採取できない」という時間軸の問題が、根本的なネックとなります。
臍帯由来MSCは、出産時のへその緒(より正確にはウオートンジェリーと呼ばれる組織)から得られる、極めて若い細胞群です。増殖能が高く、細胞老化マーカーも少ない、活力ある細胞です。しかし、これは「他人の細胞」、つまり同種他家(アロジェニック)です。原理的に免疫学的な反応の可能性があり、製剤として大規模に供給する文脈に向く性質を持っていますが、患者さんご本人の細胞を、ご本人に戻すという、最もシンプルで透明な自家移植とは、根本的に運用思想が異なります。
A.5つの観点から、脂肪由来MSCの優位性をご説明します。
脂肪組織1グラムあたりに含まれる間葉系幹細胞の数は、骨髄1グラムあたりと比較して数百倍に達することが報告されています。これは出発点の問題として、非常に大きな意味を持ちます。
採取段階で十分な細胞数が確保できれば、培養での増殖回数(継代)を抑えることができます。継代を重ねるごとに細胞の質が緩やかに変化していくことを考えると、「低い継代回数で必要な細胞数に到達できる」ことは、投与する細胞の品質を保つうえで決定的に重要な要素となります。
脂肪は身体の表面近くにある組織ですので、局所麻酔下で小さな切開を加えるだけで採取が可能です。当院では外来処置の範囲で完結し、米粒数粒分(0.5〜1g程度)の採取で、必要な細胞数を培養で確保することができます。骨髄穿刺のような大きな侵襲はありません。
骨髄由来MSCがドナー年齢の影響を強く受けるのに対し、脂肪由来MSCは年齢による影響を比較的受けにくいと、複数の研究で報告されています。再生医療を希望される方の多くが中高年層であることを考えると、この特性は臨床的に大きな意味を持ちます。当院でも、ご高齢の方から安定した品質の細胞を確保できております。
脂肪由来MSCには、他の採取源と比較して、血管新生や組織修復に関わる増殖因子・サイトカインを特に豊富に分泌するという、固有の機能的特徴があります。
具体的には、VEGF(血管内皮増殖因子)、TGF-β1、Angiogenin、IL-8、IGF-1、GRO、ENA-78、PDGF-BBなど、複数の血管新生関連因子の産生が豊富であることが、研究で繰り返し示されています。脂肪由来MSCはまた、血管周囲の支持細胞(ペリサイト)に類似した性質を持つことも知られており、これが豊富な血管新生関連因子の背景にあると考えられています。
加齢に伴う血管機能の低下、慢性炎症、組織レベルの修復遅延──こうした、現代医学が「治しにくい」とされてきた領域での応用可能性を、構造的に支える特性です。
脂肪は、患者さんご自身の身体から、必要なタイミングで採取することができます。臍帯のように他者由来ではないため、原理的に免疫反応のリスクがなく、ご本人の細胞をご本人に戻すという、透明で論理的な治療設計が可能です。
A.もちろん、すべての選択肢にはトレードオフがあります。脂肪由来MSCの相対的な弱点もお伝えしておきます。
- 骨や軟骨への分化能力は、骨髄由来MSCに比べてやや劣るとされます(骨欠損の再生など、骨・軟骨そのものの再生を主目的とする領域では、骨髄由来が選択される場面もあります)。
- 極端に痩せ型の方では、採取できる脂肪量に制約が生じる場合があります。
- 研究データの蓄積量で言えば、まだ骨髄由来MSCには及びません(ただし近年急速に増加しています)。
ただし、これらの弱点は「当院が提供する自家移植による日常臨床」という運用条件下では、致命的な制約にはなりません。骨・軟骨の限定的な分化能の問題は、当院の主たる対象疾患(慢性疼痛、動脈硬化、加齢関連機能低下、軽度認知機能障害など、抗炎症・組織修復・血管新生が中心となる病態)では、むしろ脂肪由来MSCの分泌因子プロファイルが優位に働きます。
A.当院の脂肪採取は、美容外科で行われる脂肪吸引とは、目的も手技もまったく異なります。
美容外科の脂肪吸引は、見た目を整えるために大量の脂肪を吸い出す手技で、広い吸引範囲や全身麻酔・静脈麻酔を要することが多くなります。一方、当院の幹細胞治療における脂肪採取は、培養に十分な少量(米粒数粒分)のみを採取しますので、数ミリの小切開と局所麻酔で完結します。所要時間も短く、施術後の安静も最低限で済みます。
当院の脂肪採取手技については、本サイトの別記事「なぜ当院は脂肪吸引ではなく小切開の脂肪切除により細胞を確保しているのか」で詳しく解説しておりますので、合わせてご参照ください。
A.いいえ、妥協ではありません。むしろ、適切な運用条件のもとでは最適解です。
「脂肪」と聞くと、何となく「余分なもの」「捨てるべきもの」というイメージを持たれる方がいらっしゃいます。しかし再生医療の文脈においては、脂肪組織は、間葉系幹細胞の極めて豊富な貯蔵庫であり、血管新生・組織修復の指令物質を豊富に分泌する、生物学的に意味のある宝の場所です。
骨髄由来や歯髄由来や臍帯由来が使えないから「仕方なく」脂肪を選んでいるのではありません。学術的根拠と臨床応用の現実の両方を慎重に検討した結果として、「自家移植による日常診療」という当院の運用条件下で最も整合する、論理的かつ生物学的な最適解として、脂肪由来MSCを選択しているのです。
ご自身の身体の中に、これだけ豊かな治療資源が、もともと備わっている──これが、脂肪由来MSCの本質です。
「採取源」を何にすべきかという重要な選択について
再生医療を検討される際、多くの方は「効くのか」「安全か」「費用は」といった視点を中心に判断されます。しかし、その治療がどのような細胞を使っているのか、その細胞がどこから採取されているのか、という「採取源」の話は、案外見落とされがちです。
実は、再生医療の質を支える最初のステップは、まさにここから始まっています。どの組織から、どのような方法で細胞を取り出すか。その選択の論理に、どれだけ学術的根拠と運用設計の整合性があるか。これが、その後の培養、保存、投与のすべてのプロセスの質を、根本のところで決めていきます。
当院では、こうした技術的選択の一つひとつについて、できる限り透明に情報を開示し、患者さんにご納得いただいたうえで治療を提供することを大切にしてまいりました。ご質問・ご相談はいつでもお受けしておりますので、お気軽にお声がけください。
再生医療は、細胞をどう選び、どう取り扱うか──その一連の積み上げで決まるのです。