再生医療|なぜ脂肪吸引ではなく、脂肪切除により細胞を確保する のかdoctor-blog


「採取法」という、最初の品質ステップに込めた当院の考え方

「吸引」と「切除」、当院が小切開・直視下切除を選ぶ理由

自家脂肪由来間葉系幹細胞治療は、患者さんご自身の脂肪組織から幹細胞を分離・培養して、再び体内に戻すという、極めてシンプルな構造の医療です。

しかし、その「シンプルな構造」のなかにこそ、結果を大きく左右する技術的選択肢が、いくつも含まれています。今回はその中でも、最初の入り口にあたる「脂肪をどう採取するか」という論点を、文献的根拠と当院の運用設計を照らし合わせながら、整理したいと思います。

結論を先に申し上げれば、「絶対に正しい採取法」というものは存在しません。目的・運用条件・施設の体制によって、最適解は変わります。それを踏まえた上で、なぜ当院が「小切開による固形脂肪採取」という方法を選択してきたのか、その理由について順を追ってご説明します。


1はじめに──再生医療の基礎

本記事は、自家脂肪由来間葉系幹細胞治療の「脂肪採取法」という、やや技術的な論点を扱います。すでに当院で治療を受けられている方、再生医療の基本的な知識をお持ちの方には、ここから第1章へお進みいただいて差し支えありません。

一方で、「再生医療や幹細胞治療に関心はあるが、まだ受けるかどうかを検討している段階」「そもそも幹細胞とは何かをきちんと理解したい」という方のために、まずは基本的な事項を、できるだけわかりやすく整理しておきたいと思います。少しお付き合いください。

間葉系幹細胞(MSC)とは何か

「幹細胞」と一口に申しましても、実は複数の種類があります。本記事の主役である「間葉系幹細胞(かんようけい・かんさいぼう、MSC:Mesenchymal Stem / Stromal Cells)」は、その中の一つの種類です。

幹細胞は大きく二つに分けられます。一つは、京都大学の山中伸弥教授がノーベル賞を受賞された「iPS細胞」に代表される多能性幹細胞。これは原理的にあらゆる組織に分化できる「万能な細胞」ですが、その分、未分化な細胞が体内に残ると腫瘍を形成するリスクが議論されてきました。実用化にも長い時間と重厚な開発体制が必要となります。

もう一つが、私たち成人の身体の中にすでに存在している「成体幹細胞」です。間葉系幹細胞はこの成体幹細胞のグループに属し、骨髄、脂肪組織、歯髄、臍帯などに存在しています。分化できる方向が骨・軟骨・脂肪・筋などの「間葉系組織」に限定されているため、iPS細胞のような万能性はありませんが、その分、未分化細胞の腫瘍化リスクが原理的に大幅に低いという、重要な安全性プロファイルを持っています。

間葉系幹細胞は、いわば「組織修復の現場担当者」のような細胞です。万能ではないものの、現代医学が日常臨床で活用しやすい性質を持った、極めて実用的な細胞群と言えます。

間葉系幹細胞は、体の中で何をしてくれるのか

間葉系幹細胞を体内に戻したとき、その細胞は次の三つの働きを通して、組織の修復と機能の改善に貢献します。

第一に、「ホーミング現象」と呼ばれる働きです。投与された間葉系幹細胞は、血流に乗って全身を巡りながら、損傷を起こしている部位を自ら感知し、そこに集まっていく性質を持っています。まるでドローンが目的地を見つけて飛んでいくような、極めて巧妙な仕組みです。

第二に、「パラクライン効果」と呼ばれる働きです。損傷部位に到達した間葉系幹細胞は、その場でサイトカインと呼ばれる様々な生理活性物質を分泌し、周囲の細胞環境を整えます。炎症を抑え、血管新生を促し、傷ついた組織の修復を後押しする──組織が自ら治る力を、周囲から支援するイメージです。

第三に、「分化」の働きです。状況に応じて、間葉系幹細胞自身が骨や軟骨、脂肪、血管内皮などの細胞へと分化することで、組織を物理的に補強します。

こうした働きを通じて、間葉系幹細胞治療は、慢性疼痛、変形性関節症、加齢に伴う機能低下、動脈硬化、軽度認知機能障害、神経変性疾患など、従来医学では「治しにくい」とされてきた領域に対して、新しい選択肢を提供しつつあります。当院のレジストリでも、これらの領域における客観的指標の改善が、統計学的に有意な形で確認されています(詳細は本シリーズ第3弾・第4弾の記事をご参照ください)。

ただし、間葉系幹細胞治療は、決して「魔法のような治療」ではありません。組織の修復可能性が残っている段階での介入が前提であり、すでに完全に破壊された組織を再生させる力までは持ちません。「適切な期待」をもって受け止めていただくことが、何より大切です。

細胞は、どこから、どうやって取り出すのか

間葉系幹細胞は、成人の身体のいくつかの組織に存在しています。代表的なのは、骨髄、脂肪組織、歯髄、臍帯などです。それぞれに長所と短所があり、医療機関ごとにどの組織を採取源とするかが分かれています。当院が選択しているのは、「脂肪組織」を採取源とする方法ですが、なぜそうしているのか、その理由を少し丁寧に整理しておきます。

なぜ「脂肪組織」を採取源として選ぶのか──4つの選択肢の比較

間葉系幹細胞を得る代表的な4つの組織──骨髄、脂肪、歯髄、臍帯について、その特徴を順に見ていきましょう。

骨髄由来MSC

骨髄は、間葉系幹細胞研究が最も早くから進められてきた、いわば「研究の歴史が最も長い」採取源です。腸骨(骨盤の骨)に太い針を刺し、骨髄液を吸引して採取します。しかし、いくつかの構造的な限界があります。第一に、骨髄液中のMSCの含有率は0.01〜0.001%程度と極めて低く、十分な細胞数を得るには長期間の培養が必要です。第二に、骨髄穿刺は強い疼痛・出血・神経損傷などの合併症リスクを伴うため、患者さまの身体的負担が大きく、施術後の安静も必要となります。第三に、ご高齢の方ではMSCの採取量・増殖能・分化能のいずれもが低下することが、複数の研究で確認されています。これらの理由から、近年は骨髄由来MSCの臨床応用は次第に縮小傾向にあります。

歯髄由来MSC

歯髄(歯の中心部の組織)由来MSCは、増殖能が高く、神経系への分化能にも優れることが知られており、再生医療の有力な選択肢として注目されています。ただし、採取機会が極めて限定的であるという制約があります。歯髄を採取するには「健全な歯を抜歯する」ことが前提となり、現実的には智歯(親知らず)の抜歯時や、矯正治療に伴う抜歯時など、医療上の必然性がある場面でしか採取できません。希望する患者さまがその時点で抜歯予定の歯を持っているとは限らないため、治療の必要時にすぐに採取できるソースではない、という根本的な制約があります。

臍帯由来MSC

臍帯(出産時に得られるへその緒)由来のMSCは、極めて若く活力に富む細胞であり、増殖能が高く、細胞老化マーカーの発現も低いことが知られています。しかし、これは「他人の細胞」、つまり同種他家(アロジェニック)の細胞利用となります。ご自身の細胞を用いる「自家」移植と比較した場合、原理的には免疫学的な反応のリスクがゼロではなく、また製品としての品質管理にもより高度な体制が要求されます。ドナーの臍帯を準備しておく必要があるため、希望者がその場で受けられる治療ではない、という制約もあります。

脂肪由来MSC──当院の選択

これら3つの選択肢と比較したとき、脂肪組織が採取源として持つ優位性は、次のように整理できます。

  • 圧倒的に高い幹細胞密度:脂肪組織1gあたりに含まれるMSC数は、骨髄1gあたりの数百倍以上にのぼると、複数の研究で報告されています。
  • 採取時の安全性と利便性が高い:局所麻酔下の小さな切開から、外来処置の範囲で採取が完結します。
  • 「自家」での運用がしやすい:拒絶反応や免疫学的合併症のリスクが原理的に存在しません。
  • 細胞の質と機能性に優れる:特に血管新生と組織修復に優れ、骨髄由来MSCと異なりドナー年齢の影響を受けにくい。
  • 「余分にあって困らない」組織:ごく少量を採取しても日常生活には何の影響もない組織です。

──以上の5つの理由から、当院では脂肪組織を採取源として選択しています。

そしてここから、本記事のメインテーマである「では、その脂肪組織を、どう採取するのが最良か」という次の問いへと進んでいきます。

採取する脂肪の量は、米粒数粒分程度(0.5〜2g程度)。局所麻酔のもと、ごく小さな切開から、外来処置の範囲で完結します。採取された脂肪組織は、医療機関内の細胞培養加工施設(CPC)に運ばれ、その中から間葉系幹細胞だけを分離し、専用の培地で数週間にわたって培養することで、治療に必要な数まで増やしていきます。

つまり、自家脂肪由来間葉系幹細胞治療というのは、概略こういう構造の医療です。

  • 患者さんご自身の脂肪組織を少量採取する(採取)
  • そこから間葉系幹細胞を分離し、培養して増やす(培養・品質管理)
  • 増やした細胞を、点滴・関節内注射・髄腔内投与などの経路で再び体内に戻す(投与)
  • 戻された細胞が損傷部位に集まり、組織修復を促進する(治療効果の発現)

この一連のプロセスの中で、結果に大きく影響する技術的な選択肢が、いくつも存在します。たとえば、「どの組織から採取するか」「どのように採取するか」「どのような培地で培養するか」「何回の継代を経るか」「どの経路で投与するか」──これらすべての判断が、最終的な治療の安全性と有効性に直結します。

本記事で扱うのは、その入り口にあたる「脂肪をどのように採取するか」という論点です。

採取の方法には、大きく分けて「吸引法」と「切除法」の二つがあります。それぞれの方法によって、得られる幹細胞の数、質、培養での増殖性が、興味深いことに変わってきます。当院がなぜ「切除法(小切開による固形採取)」を選んでいるのか──その根拠を、文献データと自院の運用設計を照らし合わせながら、これから順を追ってご説明いたします。


2 二つの脂肪採取法──吸引と切除

脂肪由来間葉系幹細胞(ADSC:Adipose tissue-Derived Stem Cells)を得るための脂肪採取には、大きく二つのアプローチがあります。

項目 脂肪吸引(液状採取) 小切開による固形脂肪採取
手技 カニューレで陰圧吸引(SAL・PAL・LAL等) 数ミリの小切開で固形のまま直接採取
採取量 一度に多量採取が可能 少量に限定(0.5〜2g程度)
傷跡 針穴程度で目立ちにくい 数ミリの切開(吸引よりわずかに大きい)
細胞への影響 機械的剪断応力・陰圧ストレスあり 組織構築をそのまま保持して移送可能
設計思想 効率と侵襲の最小化を優先 細胞の質と組織構築の保持を優先

脂肪吸引(液状採取)

カニューレと呼ばれる細い吸引管を用い、陰圧によって脂肪組織を液状に吸引する方法です。美容外科の脂肪吸引と同様の技術で、Suction-Assisted Liposuction(SAL:吸引補助脂肪吸引)、Power-Assisted Liposuction(PAL:パワーアシスト脂肪吸引)、Laser-Assisted Liposuction(LAL:レーザーアシスト脂肪吸引)など、いくつかのバリエーションがあります。

一度に多量の採取が可能で、皮膚切開が小さく、瘢痕(傷跡)が目立ちにくいというメリットがあります。

小切開による固形脂肪採取

メスで数ミリ程度の小切開を行い、皮下脂肪組織を固形のまま直接採取する方法です。当院ではこちらの方法を採用しています。

採取量はごく少量(米粒数粒分、量にして0.5〜2g程度)に限定されますが、機械的損傷・陰圧ストレスを伴わず、組織構築をそのまま保ったまま細胞培養加工施設(CPC)に移送できるという特性があります。

両者は、それぞれ全く異なる設計思想を持っています。吸引法は「効率と侵襲の最小化」を、切除法は「細胞の質と組織構築の保持」を、それぞれ優先する方法であると言えます。


3 文献的に確認されている、両者の差異

近年、両採取法から得られる幹細胞の特性を比較した研究が複数報告されています。論点ごとに整理してみます。

(1) 初期細胞収量──切除が優位

脂肪組織から得られる間質血管細胞群(SVF:Stromal Vascular Fraction)の細胞数、およびそこに含まれるADSC数については、複数の研究が「切除≧吸引」という結論を一貫して報告しています。

Stanford大学のDuscherらによる比較研究(J Transl Med, 2016)では、「SAL検体は切除脂肪と比較して有意にADSC数が少ない一方、生存率は同等」と報告されています。Faustiniら(Tissue Eng Part C, 2010)も、採取部位・手技・処理技術がSVF収率に大きく影響することを多変量的に示しています。

この差が生じる理由として、以下の要素が考えられています。

  • 吸引時のカニューレ通過に伴う機械的剪断応力・陰圧ストレスによる細胞損傷
  • 局所麻酔のチュメセント液や血液の混入による相対的な細胞希釈
  • 線維性結合組織や血管周囲ニッチ──ADSCが主に存在する場所──が、吸引時に取りこぼされやすい

つまり、吸引という手技そのものが、得られる幹細胞数を構造的に減らす方向に作用する、ということです。

(2) 培養増殖過程──興味深い「時間軸の逆転」

一方、培養を開始してからの増殖過程では、興味深い傾向が報告されています。

Bajekらの比較研究(J Cell Biochem, 2017)では、吸引由来(PAL:パワーアシスト脂肪吸引)の細胞群が、培養を重ねる過程で高い増殖能と緩やかな老化マーカー出現を示すことが報告されています。Oedayrajsingh-Varmaら(Cytotherapy, 2006)も、切除・吸引・超音波吸引の3手技について、ASC収率と増殖特性の差異を詳細に報告しています。

これは、ある種の逆転現象です。初期細胞数では切除が優位だが、長期培養での増殖力では吸引が優位──という構図になります。

おそらくは、吸引時のストレスに耐えて生き残った細胞群が、「ストレス耐性」という選別圧をくぐり抜けた、より頑強なサブ集団であるということなのかもしれません。これは、細胞バンク向けの大量増殖や、同種他家(アロジェニック)製造を視野に入れる場合には、重要な利点となります。

(3) 分化能・機能性──大きな差はない

ADSCの本質的な機能、すなわち骨・脂肪・軟骨への三系統分化能、抗炎症・組織修復のためのサイトカイン分泌能などについては、両採取法による細胞の間で有意な差は報告されていません。

ただし、Duscherら(2016)の研究では、SAL由来ADSCにおいて脂肪細胞系への分化マーカー(FABP-4、LPL)の発現がやや高い傾向が観察されており、これは陰圧ストレスや組織断片化が細胞のコミットメント(運命決定)に微妙な影響を与えている可能性を示唆します。

(4) 採取条件と保存・処理が結論を左右する

そして、今回もっとも重要な論点がここにあります。

Oedayrajsingh-Varmaら(Cytotherapy, 2006)の古典的研究では、採取手技(切除・tumescent吸引・超音波吸引)だけでなく、採取後の処理時間と保存条件によっても、得られるADSCの収率と増殖特性が大きく変わることが示されています。新鮮処理の場合と、輸送・保存を挟む場合とでは、最適な採取法が変わる──というのが、この研究の重要な示唆です。

つまり、文献的結論を整理すると──
新鮮処理が前提であれば、切除有利
輸送・保存を挟む運用であれば、吸引有利
ということになります。ここに、施設の運用設計と採取法選択の重要な接点があります。


4 文献のまとめ──「目的に応じた最適解」

以上を踏まえると、両採取法のトレードオフは、概ね以下のように整理できます。

向いている文脈 吸引法(液状採取) 切除法(固形採取)
採取量 大量の脂肪を一度に採取する必要がある場合 少量の脂肪から、高品質な細胞を効率的に得ることを優先する場合
施設体制 採取施設と培養施設が物理的に離れており、輸送・保存を挟む場合 採取と培養が同一施設内で完結し、新鮮処理が可能な場合
製造目的 細胞バンクや同種他家製剤など、大量増殖を前提とする製造体制 自家移植を前提とし、ロット内のばらつきを最小化したい場合
傷跡 瘢痕形成を極限まで回避したい場合 組織構築や血管周囲ニッチを保持したい場合

どちらが「優れている」のではなく、施設の運用設計と治療の目的によって、最適解が変わる──これが、文献を読み込んだうえでの、私たちの理解です。


5 当院が「小切開・固形採取」を選択している理由

以上の文献的整理を踏まえて、当院が小切開による固形脂肪採取を選択している理由を、明確にお伝えしておきます。

理由1:採取と培養が同一施設内で完結する設計

当院は、医療機関内に細胞培養加工施設(CPC)を二重化体制で備えています。脂肪採取の処置を行う処置室と、細胞培養を行うCPCは、同一医療機関の内部に隣接配置されており、採取後の脂肪組織は数分以内にCPCに搬送され、新鮮処理が開始されます。

この「新鮮処理が前提」という運用条件のもとでは、文献的結論に従えば、切除による固形採取が初期細胞収量の面で明確に有利となります。

理由2:患者さんの侵襲と麻酔負荷を、必要最小限に抑える

当院の治療は、ご自身の細胞を培養で増やしてから戻す「自家移植」が前提です。培養により細胞数を増やせる以上、採取段階で大量の脂肪を採る必要はありません。米粒数粒分(0.5〜1g程度)で、必要な細胞数は十分に確保できます。

この前提のもとでは、より大量採取が可能な吸引法を選ぶ意義は限定的です。むしろ、機械的損傷・陰圧ストレス・チュメセント液混入といった、吸引特有のリスク要因を回避できる切除法のほうが、細胞の質を保つうえで合理的な選択となります。

ここで、もう一歩踏み込んだ重要な指摘をしておきます。実は、幹細胞治療目的での脂肪吸引には、構造的な矛盾が存在します。

そもそも脂肪吸引法の本来の強みは、「広範囲から効率的に大量の脂肪を採取できる」という点にあります。カニューレを皮下脂肪層の広い範囲で動かし、陰圧で連続的に吸い出すことで、短時間に多量の脂肪を回収する──これが、美容外科領域で脂肪吸引法が標準化されてきた本質的な理由です。

ところが、幹細胞治療を目的とした脂肪採取では、培養により細胞を増やすため、必要な脂肪量はごく少量で済みます。となると、吸引範囲を絞らざるを得ない──つまり「小範囲の脂肪吸引」を行うことになります。しかしここに、本質的な矛盾があります。

小範囲の吸引では、吸引法の本来の強みである「効率的な大量採取」というメリットがそもそも発揮されません。にもかかわらず、カニューレ通過に伴う細胞への機械的剪断応力、陰圧ストレス、チュメセント液による細胞希釈といった、吸引手技に固有のデメリットだけは温存されたままになります。「メリットを活かせないままデメリットだけを抱え込む」──これが、幹細胞採取目的での脂肪吸引が抱える構造的な不整合です。

逆に言えば、吸引法が真価を発揮するのは、「広範囲から大量採取を必要とする美容目的の脂肪吸引」や、「他人の細胞を培養して製剤化する同種他家製品の大規模製造(細胞バンク用途)」といった文脈です。患者さまお一人ごとに少量の細胞を確保すれば足りる、自家移植による日常臨床という当院の運用条件においては、吸引法を選択する合理性そのものが、根本のところで揺らいでいるのです。

「目的に合致した手技を選ぶ」──この基本原則に照らせば、自家幹細胞治療のための脂肪採取において、当院が小切開・直視下切除を選んでいることは、ごく自然な帰結と言えます。

もう一つ、見落とされがちな重要な論点が「麻酔の侵襲」です。

「脂肪吸引はカニューレを刺すだけだから低侵襲」というイメージをお持ちの方も多いのではないでしょうか。確かに、皮膚切開は数ミリ程度の刺入孔で済みます。しかし実際の脂肪吸引手技では、皮下のある程度の範囲にカニューレを動かして脂肪を吸い出すため、吸引範囲は意外と広く、それに伴う痛みや出血を抑えるためには、局所麻酔のみでは対応が難しい場面が少なくありません。一般的な美容外科の脂肪吸引では、静脈麻酔や全身麻酔が標準的に併用されており、吸引範囲が広い場合や長時間に及ぶ場合は、麻酔科医の管理下での全身麻酔が推奨されているのが現状です。

幹細胞治療のための脂肪採取は、美容目的の脂肪吸引より採取量が圧倒的に少なく済むため、すべてのケースで麻酔負荷が同等になるわけではありません。しかし、十分な細胞数を確保するためには、皮下脂肪の少ない方の場合、吸引範囲を相応に広げる必要が生じることもあります。その場合、麻酔の範囲・量・深さが拡大し、結果として「切開傷は小さいが、麻酔の身体負荷は大きい」という、見かけのイメージとは逆の事態になり得るのです。

これに対し、小切開による直視下切除は、数ミリの切開と局所麻酔のみで完結します。麻酔薬の使用量は最小限、患者さまの意識は保たれ、所要時間も短く、施術後は速やかにご帰宅いただけます。「切開傷の見た目は吸引より大きいが、身体全体への侵襲は小さい」──これが、当院が切除法を採用しているもう一つの重要な理由です。とりわけ、ご高齢の方、合併症をお持ちの方、麻酔リスクを抑えたい方にとっては、この差は決して小さくないと考えています。

理由3:組織構築と血管周囲ニッチの保持

間葉系幹細胞は、脂肪組織中で「血管周囲ニッチ」と呼ばれる特定の微小環境に主に存在することが知られています。切除法では、こうしたニッチ構造をそのまま保ったまま組織を取り出し、CPC内で丁寧に分離処理することが可能です。

一方、吸引法ではカニューレ通過時にこの構造が破壊されやすく、ニッチ環境に守られていた幹細胞が取りこぼされたり損傷を受けたりする可能性があります。文献的に「吸引は切除の約半分の幹細胞濃度」という報告(Duscher et al., 2016)があるのは、こうした構造的な理由によるものと考えられます。

理由4:ロット内の再現性確保

自家移植の臨床では、患者さまお一人ごとに細胞培養ロットが独立しており、ロット間の品質差を施設内で標準化する以上に、「同じ患者さまの中での再現性」を確保することが重要になります。

切除法は、毎回ほぼ同じ部位・同じ深さ・同じ量で採取することが容易であり、採取条件の標準化がしやすいという特徴があります。これは、当院のレジストリで2019年から2025年までの7年間にわたり、平均投与細胞数 1.15×10⁸個(標準偏差 0.45×10⁸)という安定した品質を維持できている背景の一つとなっています。

理由5:高継代による幹細胞の老化・劣化を最小化する

そして、もう一つ、医学的にきわめて重要な論点があります。それは、「継代回数(培養で増やすために細胞分裂を繰り返させる回数)」と「幹細胞の質」の関係です。

体外で間葉系幹細胞を培養していくと、分裂を繰り返すうちに細胞は徐々に「老化」していきます。これは「複製老化(replicative senescence)」と呼ばれる現象で、1961年にレオナルド・ヘイフリック博士によって発見されて以来、細胞生物学の基本原理として広く認められてきました(Hayflick & Moorhead, 1961)。間葉系幹細胞も例外ではありません。

具体的に、文献的に確認されている「高継代に伴う変化」を整理しておきます。

  • テロメア(染色体末端の保護構造)の進行性短縮と、それに伴う細胞老化マーカー(SA-β-galactosidase)の陽性化
  • 細胞形態の変化(拡大、扁平化、リポフスチン蓄積による自家蛍光増加)
  • MSC特異的表面マーカー(CD73、CD90、CD105など)発現量の低下
  • 三系統分化能(骨・軟骨・脂肪)の不均衡な変化と、全般的な分化能の低下
  • サイトカイン分泌プロファイル(パラクライン効果)の変質と低下
  • DNAメチル化など特定部位のエピジェネティック変化の蓄積

Wagnerらの研究(PLoS One, 2008)では、ヒトMSCを7〜12継代(培養開始から43〜77日)まで継続培養した結果、形態異常・表面マーカー減少・増殖停止が一貫して観察され、これらの変化が「特定の継代以降に突然起きる」のではなく、「継代を重ねるごとに連続的に蓄積していく」ことが報告されています。Bonabら(BMC Cell Biology, 2006)の研究も同様に、長期培養により細胞老化が連続的に進行し、テロメア短縮、形態異常、分化能低下、population doubling数の段階的低下が観察されることを示しています。

こうした長期継代に伴う細胞の質的変化は、臨床応用にあたって極めて重要な意味を持ちます。Gimbleらのレビュー(Circulation Research, 2007)は、脂肪由来MSCの臨床応用における低継代運用の重要性を、複数のエビデンスを統合する形で整理しており、「いかに早期の継代で必要細胞数を確保し、投与に至るか」が、細胞品質を守る基本戦略であることを強調しています。

つまり──臨床応用において、「いかに低継代の段階で必要細胞数を確保し、投与に至るか」が、細胞品質を守る最も基本的な戦略になります。

この観点に立つと、第3章で整理した「初期細胞収量が、切除法では吸引法の約2倍に達する」という事実は、単なる効率の差ではなく、極めて重要な臨床的意味を持ち始めます。

同じ目標細胞数(例:1×10⁸個)に到達するまでに、出発点の細胞数が2倍であるということは、必要な「分裂回数(継代回数)」が少なくて済むことを意味します。具体的には、初期細胞収量が半分の場合と比較して、少なくとも1〜2継代分、培養期間にして1〜2週間相当、細胞の老化プロセスを進める前に投与に到達できる──というのが、当院の運用設計から導かれる帰結です。

当院では、すべての臨床投与を低継代(一般に第3〜5継代の範囲)に揃えており、長期継代に伴う細胞の質的劣化を、運用上の前提として最小化しています。切除法による高い初期細胞収量は、この「低継代運用」を物理的に可能にするための、最初のステップなのです。

言い換えれば、当院が切除法を採用しているのは、「採取時点で多くの細胞を取れるから良い」というだけの理由ではありません。「低継代の若い細胞」を、患者さまにお届けするための、運用設計全体の起点として、切除法を位置づけている──これが、最も本質的な理由です。

理由6:皮下脂肪が少ない方にも、確実に対応できる

そして、もう一つ、実際の臨床現場で極めて重要な論点があります。それは「すべての患者さまに、確実に対応できるかどうか」という問題です。

幹細胞治療を希望される患者さまの体型は、当然ながら千差万別です。皮下脂肪が比較的豊富な方もいらっしゃれば、痩せ型で皮下脂肪が極めて少ない方、ご高齢で皮下脂肪が薄くなっている方、長年運動習慣のある方で皮下脂肪率の低い方──実に多様です。

脂肪吸引法は、カニューレを皮下脂肪層に挿入し、ある程度の脂肪のボリュームを陰圧で吸い出す手技です。このため、原理的に「吸引できるだけの皮下脂肪ボリューム」が確保できることが前提となります。皮下脂肪の豊富な方であれば、必要量の確保に問題はありませんが、皮下脂肪のボリュームが少ない方の場合、十分な量の脂肪を吸引すること自体が実際問題として難しく、無理に吸引しようとすれば、皮膚や血管・神経の損傷リスクが高まる可能性があります。

これに対し、小切開による直視下切除は、極めて少量(米粒数粒分、0.5〜1g程度)の脂肪が確保できれば成立する手技です。皮下脂肪が薄い方であっても、術者が直接目で見て、適切な深さで、安全な範囲で、必要量だけを丁寧に切り出すことができます。皮膚下のどの層から、どの程度の脂肪を取るかを、術中に確認しながら判断できるため、「無理が利かない体型の方」にも安全かつ確実に対応できるというのが、直視下切除の極めて大きな利点です。

「どんな体型の患者さんにも、安全かつ確実に対応できる」──これは、臨床医療の現場で見落とされてはならない、極めて重要な要件です。

当院では、痩せ型の方、ご高齢の方、皮下脂肪率の低いアスリート体型の方など、様々な体型の患者さまに対して、これまで2,000回を超える脂肪採取を、安全に実施してまいりました。患者さまの体型に左右されることなく、安定した品質で細胞を確保できることは、臨床運用の根幹を支える条件です。


6 切除法のデメリットも

ここまで切除法の利点を整理してきましたが、誠実な議論のために、切除法のデメリットについても率直に記しておきます。

(1) 大量採取には向かない

メスでの直接切除のため、一度に採取できる脂肪量には自然な上限があります。同種他家製剤や、大規模な細胞バンク向けの製造には向きません。

(2) 瘢痕形成のリスクが、吸引よりはわずかに高い

数ミリの切開ではあるものの、メス切開を伴うため、瘢痕(傷跡)が完全にゼロになるわけではありません。当院では、皮下のしわに沿った位置で最小限の切開を行い、丁寧な縫合と術後管理によって、傷跡を可能な限り目立たないようにしていますが、吸引法の針穴とは異なる種類の侵襲であることは事実です。

(3) 培養後期の増殖能では、吸引由来の細胞群がやや優位

先述の通り、長期培養(高継代)における細胞増殖能では、吸引由来の細胞群がやや優位という報告があります。当院は新鮮処理・低継代での投与を基本としているため、この点は実質的な不利には繋がりませんが、文献的事実として申し添えておきます。

どんな技術選択も、トレードオフを伴います。重要なのは、自院の運用設計に照らして、利点が不利点を上回るかどうかを、客観的に検証し、必要に応じて見直す姿勢を持ち続けることだと考えています。


7 結局、何が「質の高い細胞」を生むのか

ここまで、採取法による違いを詳しく見てきました。しかし最後に、もう一段引いた視点もお伝えしておきたいと思います。

複数の比較研究が示唆しているのは、「採取法による差」よりも「採取後のプロセス管理」のほうが、最終的な細胞品質に与える影響が大きい可能性がある、ということです。

  • 採取からSVF分離までの時間
  • カニューレ径・陰圧条件(吸引法の場合)
  • チュメセント液の組成と量
  • 培養に用いる培地・血清の種類と品質
  • 継代回数と細胞密度の管理
  • 無菌管理の徹底
  • 製造ロット間の標準化体制

これらのプロセス変数は、採取法を切除にするか吸引にするかという「入口」の選択以上に、最終的な細胞品質を左右します。

当院では、これらすべての変数について、特定認定再生医療等委員会の継続審査のもと、標準化と最適化を続けてきました。脂肪採取法の選択は、その一連の品質管理体制の中で、論理的に整合する選択肢として「切除(固形採取)」を採用しているのであり、単に「切除のほうが良いから」という単純な理由ではありません。


8 技術選択の根拠を透明開示

自家脂肪由来間葉系幹細胞治療の品質は、脂肪採取という最初のステップから、無菌管理、培養、品質確認、保存、投与、そして投与後のモニタリングまで、すべてのプロセスの積み上げによって決まります。

そのなかで、「なぜこの採取法を選んでいるのか」「なぜこの培養条件を採用しているのか」「なぜこの細胞数を投与しているのか」──こうした技術的な選択の一つひとつに、文献的根拠と自院の運用設計に基づく明確な理由があることを、医療を提供する側として透明に開示していくことが、これからの再生医療には求められると考えています。

再生医療を選ぼうとされる患者さまには、ぜひ、「どうやって脂肪を採るのですか?」「なぜその方法を選んでいるのですか?」と、医療機関側に問いかけていただきたいと思います。誠実な医療機関であれば、必ず、文献と運用に基づいた具体的な説明が返ってくるはずです。

「米粒数粒分」の小さな選択の中にも、再生医療の質を支える、確かな科学があります。

本記事が、再生医療をご検討の皆さまにとって、技術的な側面からの一つの判断材料となれば幸いです。


【参考・出典】

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  • 一般社団法人日本再生医療学会「間葉系間質細胞等の経静脈内投与の安全な実施への提言」(2025年5月29日改訂版、旧版「間葉系幹細胞等の経静脈内投与の安全な実施への提言」2023年7月14日)
  • 北青山D.CLINIC 自家脂肪由来間葉系幹細胞治療レジストリ(449名/2,212回/553.5人年/2019年4月〜2025年12月)